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きよくらの備忘録

「三日坊主と呼ばせない!日記」改め。主にソフトウェア開発関連の話題。

ちょっと昔話

雑感

懐かしついでに、ちょっと当時のことを振り返ってみた。

僕のいた大学は、大学自体は割と伝統のある大学なのだけれど、僕らの学部は本校(?)とは離れた所に新築された変な形をした校舎で開設された学部で、僕らはその一期生だった。

んなもんで、部だのサークルだのといった物は当然皆無で、作るか本校の方のものに所属するかしかなかった。
その中で、僕は同じクラスだったH氏に声をかけらたことをきっかけに、コンピュータ系のサークルを作ることにした。
最初に集まったメンツは6人。学校に届出を出すか出さないからいでもうひとり加入者があったので創設メンバとされている(とおもう)メンツは、7人だった。たぶん、最初の夏休み前まではこの人数だったと思う。


サークルの趣旨は、「コンピュータやプログラミングの勉強したりゲームを作ったりする」ことだった(はず)。


が、僕らが大学にいた頃、少なくとも僕がサークルに在籍していた間は、実際のところそれらの活動は満足にできていなかったと思っている。と言うより、当初はもう少し別の思惑で動いていた部分があったから。

僕らが考えていたのは、『単なる仲良しサークル』ではなく『学校公認サークルとして認めてもらい、施設などを使用させてもらう為にも、組織としてしっかりしたものをつくり、学校の行事等には積極的に参加する。』と言うものだった。いや、ぶっちゃけ、サークルとして、学校に対する発言力を大きくしたかったのかもしれない。
少なくとも僕はそう思っていた。そして、僕はどちらかと言うとそのための行動をとろうとしていた。


最初は、当時本校のコンピュータ系の部がオープンキャンパス向けに作成/配布していた、大学公認の学部紹介ソフトの僕らの学部版を作る事を思いついた。発案者は誰だったか不明。会長*1か副会長だったかな。一応、当時学校の自習室だったか演習室だったかに入ってたVB4を使ってそれっぽいのをある程度作ったものの、時期的にギリギリだったため、学部事務室に持って行ったけれど許可は出なかった。まあ、当然。が、次回の為の布石と言うか、学部事務室へのアピールになったため、当時は落胆したものの、今思い返せばプラスになったのだと思う。


次に*2、サークルの活動としてではないが、色々な先生方に名前を売ることが出来た出来事があった。
その年、うちの学部で情報処理学会があった。それに合わせ、枚方市の紹介Webページを作るという作業が発生した。夏休み前に有志の参加者によるHTML講習会が開催され、ウチのサークルのメンツはみんな参加していた。そして、そのWebページ作成の作業を受けたのが、結果的にウチのサークルのメンツを中心としたメンバーだった*3

また、その学会の学生バイトとしても参加したのだが、その学会で大会場で行われたセッションをマルチキャストでネットに流すという事を行った。これに際して、この後もよく研究室に転がり込むことの多かったI先生から、UNIXの基本的なやTCP/IPネットワークの基本的なことを教わったりしつつ、色々話をすることが出来た。これらは学校の先生、特に実働部隊として動くことの多かった若手の講師や助教授クラスの方に名前を覚えてもらう機会になったと思う。
またこの時、学生バイトに参加していたメンツから何人か、サークル加入者があり、うち二人はコアなメンバとして(ひとりは僕が脱退した後も)サークルに関わってく事となった。



もう一つ、この後にあった比較的大きな出来事(?)として*4、学校のマルチメディア系の設備を整える際に、その機器選定の意見をまとめたりするメンバにうちのサークルからも人を出すようにどこかから打診があり、それに参加したこと。
ここで、某CG系サークルの首謀者であるF氏や、その後も延々つるむことになり、この間も男二人の温泉旅行とかいったhi-kun氏とも出会うことになる。また、ここで大きかったのは、この設備の責任者となるS教授との出会いだった*5


無論コレだけではないのだけれど、これらの出来事を核にしながら、僕らは学部事務室に対して、「学部公認サークルとして色々やります。だから、施設とか設備とか、色々使わせて欲しいです」的な交渉をしながら、次第にサークルとしての規模を拡大しようとしていっていた。



……勢いでここまで書いたけれど、疲れたの今日はここまで。
気が向いたら続きを書こう……。

*1:完全に余談だけれど、一応、書類上は代表者で会長のはずだけれど、サークル内では別の呼び名だった。二代目までは同じ呼称が使われていたはずだけれど、それ以降はどうなってるのかは知らない。

*2:と言うか、実は一つ目のと順番が微妙。ひょっとするとこっちが先だったか?いや、学部紹介ソフトの件は夏休み前だった記憶があるので、たぶんこれで合っていると思う。

*3:とか言いつつ、この作業、真夏のクソ暑い中、実際に枚方市の名勝史跡に出向いて写真を撮影したりしながら行ったのだが、実は、夏休みで実家に帰省した僕は、ほっとんど手伝っていない。(いやほんと、作業の最終日かその前日くらいに戻ってきて、ほんの少ししか手伝っていないと思う。

*4:これも正確な時期は覚えてないが、確か1年目の年明けかそこらくらいだったと思う。ひょっとしたら二年目の前期だったか?いや、某CG系サークルの首謀者との出会いの順序を考えるとたぶん1年目であったると思う

*5:実際その後、僕の所属したサークルにとってS教授は非常に恩を感じることになるし、僕はそれがきっかけでS教授の研究室にゼミ生として入ることになった。